「安宿の廊下の汚い欄干によりかかり、富士を見ると、甲府の富士は、山々のうしろから、三分の一ほど顔を出してゐる。酸漿(ほおずき)に似てゐた。」(太宰治『富嶽百景』)
一時期、甲府に居を構えていた太宰治は、周囲を山に囲まれ、どこからでも富士山が見えるこの町にうんざりしながらも、多くの作品で山梨での生活を書きつづっている。
太宰の言うとおり、甲府は盆地であり、西には壁のような南アルプス、北には八ヶ岳・奥秩父、東には大菩薩・道志山系、そして南には御坂山系があり、その向こうに顔をのぞかせているのが冒頭の富士山である。
甲府がなぜこれほど多くの山に囲まれているのかというと、山梨県はフィリピン海プレート、太平洋プレート、北米プレート、ユーラシアプレートの4つのプレートが衝突する地点の中心に位置するという、世界的にも珍しい地質学的構造をしており、フォッサマグナや中央構造線などの大断層によって、独特な地形を形成しているからである。
そのため温泉地も多く、全部で10種類ある泉質のうち、山梨には9種類の泉質が標高差1000m以上にまたがって分布するなど、日本でも随一の温泉環境の多様性があるのが山梨の温泉の魅力である。
峡南エリアの温泉
西山温泉 湯島の湯
豊富な湯量で洗い場まで源泉
「湯島の湯」は源泉かけ流しの露天風呂のみの温泉だが、湯量が豊富なので洗い場でも贅沢に源泉が使われている。泉質はPH9.8の高アルカリ性で、肌がすべすべになり保温力も高い。コテージも併設。
西山温泉にはほかにも2軒の温泉宿があり、そのうち「慶雲館」は1300年の歴史を誇る世界一古い旅館としてギネス認定されている。
下部温泉
山間にたたずむ信玄の隠し湯
富士川町、早川町、身延町、南部町、市川三郷町にまたがる峡南地域、そのなかの身延町にある下部温泉は、県内各地に伝わる「信玄の隠し湯」の代表格で、徳川家康も入浴したという記録も残っている。
かつては湯治で栄えた下部温泉の旧源泉・雨河内温泉は約20℃の低温泉で、近年掘削で湧出した高温の新源泉とふたつの源泉が楽しめる。
県内では屈指の湯の街情緒をいまに残す下部温泉街。温泉街の入り口には石原裕次郎がスキーで骨折した際に滞在したことで知られる「下部ホテル」があり、下部川沿いの細い路地には小さな温泉宿が立ち並ぶ。
街の随所に「武田菱」の紋が見られ、古くから骨折や打撲、切り傷などに効能のある温泉に、かつては多くの兵が訪れたことがうかがい知れる。
ヘルシースパサンロード しもべの湯
2023年春にオープンした健康増進施設。高温のしもべ奥の湯高温源泉と低温の雨河内温泉の2種類の源泉を引き入れた大浴場で交互浴が楽しめる。
レストランなどの設備も充実しており、旅の立ち寄りには最適。
森のなかの温泉 なんぶの湯
南部町にあるpH10.3の高濃度アルカリ温泉。食事処やブックラウンジなどもあり1日のんびり過ごせる。
奈良田の里温泉 女帝の湯
日本一人口が少ない町の秘湯
奈良時代の女帝・孝謙天皇に由来する「女帝の湯」は、アルカリ性が強いのにカリウム、マグネシウムが少ないぬるめの炭酸泉という独特の泉質で、長時間じっくりつかっていられる温泉。
築200年の古民家をリノベーションした隣接のカフェ「鍵屋」では、地元の食材を使ったフードやスイーツが並ぶ。特に、1日限定10食のジビエ「鹿パスタ」が人気。
みはらしの丘 みたまの湯
「絶景部門」4年連続日本一
市川三郷町の高台にある「みたまの湯」は、温泉総選挙「絶景部門」で4年連続1位を獲得しただけでなく、温泉施設として全国初となる「夜景100選」「日本夜景遺産」をダブル受賞したほどの絶景温泉として名高い。
昼は南アルプスや八ヶ岳が、夜は甲府の夜景が見渡せる。茶褐色の温泉はアルカリ性単純線で、太古の植物から溶け出した天然有機物を多く含む。『ゆるキャン△』の聖地のひとつでもある。
峡南エリアで車中泊するなら
道の駅みのぶ
総合公園「富士川クラフトパーク」内にあり、峡南エリアの観光拠点の役割を担っている道の駅。自然豊かな広々とした敷地内には「富士川・切り絵の森美術館」や本格的なレストラン、日本庭園やBBQ広場など設備も充実。
道の駅しもべ
身延と本栖湖を結ぶ国道300号沿いにある道の駅。「しもべオートキャンプ場〜ゆるキャン△の里〜」やコワーキングスペースもある。施設隣接の第1駐車場は夜間閉鎖されるが、国道沿いの第2駐車場とトイレは24時間利用可。
道の駅なんぶ
バイパスとICに隣接し、パーキングエリアのような役割を果たす道の駅。「食のテーマパーク」として焼津漁港で水揚げされたマグロを中心とした食事処やドッグランなどがある。ローソンも隣接しているので何かと便利な道の駅。
写真、文:rui
写真協力:竜王ラドン温泉、韮崎市観光協会、甲斐駒ヶ岳温泉 尾白の湯、ふじやま温泉、富士眺望の湯 ゆらり
初出:カーネル2024年3月号vol.65