その1 絶景を訪ねる!
日本には四季折々の「絶景」が存在する。特に冬は、雪と氷が人工物を覆い隠すため、普段とはまったく異なる光景に様変わりするところも少なくない。
往々にして、そういう場所には旅行者を満足に収容できるだけの宿泊施設はない。そのため、ツアー会社は苦肉の策として、驚くほど離れた場所に宿をとり、その対応に追われている。
だが、旅行者がそれに付き合う必要はどこにもない。車中泊で行けば、まったく無縁の話になる。
【富士山】冬の風物詩。山中湖のダイヤモンド富士
山中湖では、11月下旬から2月下旬にかけて、ダイヤモンド富士を見ることができる。町では、気候が安定する2月を「ダイヤモンド富士ウィークス」と題し、期間中にアイスキャンドルフェスティバルを開催している。
上の写真は山中湖交流プラザ・きららで行われるアイスキャンドルフェスティバルの様子。山中湖の湖畔から、日没後の夜空に浮かぶ富士山を、打ち上げ花火と手作りアイスキャンドルで彩る。
<車中泊事情&スポット>道の駅 富士吉田
普通車218台の駐車場キャパを誇る、規模の大きな道の駅。山中湖と富士吉田の市街にも近く、場内には無料の天然水汲み場がある。
【白川郷】世界遺産・白川郷のライトアップ
四季折々の装いで「日本の原風景」を奏でる白川郷。特に合掌造りがその真価を発揮する厳冬期は際立って美しく、ライトアップは今や白川郷には欠かせない冬の風物詩になっている。
2021年の開催は全6回。2019年から事前予約制となっているので予約は必須だ。
車中泊といえども、春から秋のように何も用意せずに出かけて、写真の景観が観られるほど白川郷は甘くない。身を切るような寒さと、油断すれば滑って転ぶアイスバーンに要注意だ。
【伊豆半島】南伊豆の河津桜
温暖な伊豆半島は、豊かな温泉と海の幸に恵まれた風光明媚な地域で、四季を通じて多くの観光客で賑わっている。
とりわけ車中泊の旅人に人気があるのは、ひと足早く春の風情を見せてくれる河津桜の咲く時期だ。世の中が梅祭りを迎える頃に満開となり、川の堤を菜の花とともに、華やかなパステルカラーで埋め尽くす。
なお南伊豆へは、清水港からフェリーで半島西岸の土肥に渡り、駿河湾超えの富士山を愛でながら、下るルートもある。
霞が出ない冬場は、伊豆半島西岸からでも、富士山がこのようにはっきり大きく見える。写真は戸田
に近い御浜からの光景。
日米和親条約により、即時開港となった下田に残るペリーロード。界隈には「幕末の志士」と呼ばれた、坂本龍馬や吉田松陰ゆかりの地が数多く残されている。
<車中泊事情&スポット>道の駅 開国下田みなと
駐車場は駅舎の下なので屋根付きで便利。河津桜まつりが開催される真冬は、未改造のミニバンにとって、このうえなく快適な車中泊環境になる。
【琵琶湖】冬の湖北はバード・サンクチュアリ
春から秋にかけて、バスフィッシングとマリンスポーツを楽しむ若者で賑わう琵琶湖だが、彼らがオフシーズンを迎える冬には、写真のような自然豊かな光景が戻ってくる。
この季節にお勧めなのは琵琶湖の北東岸。近江八幡から湖北町にかけての広い範囲には、水鳥だけでなくオオワシやチュウヒなどの猛禽類も戻ってくる。野鳥センターに隣接する道の駅・湖北みずどりステーションでは、この季節になると県外ナンバーの車中泊姿を多く見かける。
毎年12月に野鳥センターの裏山に飛来する一羽のオオワシ。例年11月下旬頃に現れ、2月の末頃に北帰する。
湖北町の水鳥野鳥センター。インターネットでほぼ毎日周辺の野鳥情報をリリースしている。
<車中泊事情&スポット>道の駅 湖北みずどりステーション
湖周道路に面しており、道の駅の前から、琵琶湖に浮かぶコハクチョウや、西の山に沈む夕陽が撮影できることで知られている。
その2 雪と親しむ!
スキーやスノーボードのために車中泊を始める人は多い。特に育ち盛りの子どもをもつファミリー世代にとって、行動の自由さと、経済性を併せもつ車中泊の魅力は、計りしれないものがある。
だが、雪と親しむ方法はそれだけではない。車中泊で雪の積もったフールドに出かけ、早朝からスノーシューで白銀の森を歩いてアニマルトラッキングを楽しんだり、キャンプサイトで家族や気の合う仲間とともに、薪ストーブを囲んで過ごす人達がたくさんいる。それは、子育てを終え、歳を重ねてからでもできる遊びだ。
ゲレンデ車中泊で、さらば睡眠不足。車中泊で朝から全開!
これからゲレンデに行くのに、テンションが上がらない人はいない。しかし現役世代は、少しでも滑る時間を増やすために、仕事を終えた金曜日の夜に出発して、ゲレンデ到着後に仮眠をとるか、帰宅後に軽く寝てから車を飛ばしてやってくる。
つまり最大の敵は「睡眠不足」だ。車中泊には「眠い時に横になれる」メリットがあり、それだけで十分という人がたくさんいる。
【長野県白馬村】一級品の雪質と滞在環境を誇る国内屈指のスノーリゾート
白馬村のゲレンデといえば、1998年の長野オリンピックの際に、アルペンスキーの高速系種目と複合の競技会場となった「八方尾根」が有名だが、周囲には他にも多くのゲレンデがあり、自分の滑走レベルと滞在スタイルに合致する場所を選ぶことができる。昔からスキー部の合宿客は多かったが、最近はオーストラリアのスキーヤーが好んで長期滞在しているようだ。
白馬村にある大きなスーパーはイオン系のザ・ビッグ。
年中、車中泊客で賑わう道の駅白馬。
<車中泊事情&スポット>白馬八方尾根第2駐車場
日帰り温泉「八方の湯」に隣接する無料の駐車場で、駅前の繁華街に近い。季節を問わず、白馬の車中泊にはここが便利でおすすめだ。
雪中キャンプ 狭い居住スペースをカバーするスノー・スポーツのベース基地
ゲレンデ車中泊でも触れたが、かさばるギアを伴う冬の車中泊。キャンプサイトに陣取り、ベース基地を構えるとよい。余計なものを、中に置いて出かけられるだけでなく、寝るまで火を燃やして暖かく過ごせる。
ウインターキャンプに欠かせないのがシェルターだ。かたちはコンパクトになるドーム型でも、ティピー型でもいいが、中に薪ストーブが入れられるタイプが理想だ。
もし薪ストーブが無理なら、フジカやアルパカのようにキャンパーがよく使っている、昔ながらの石油ストーブでも代用になる。灯油は専用の携行缶に入れて持参すれば、連泊でも途中で切れる心配をせずに済むだろう。
ただし薪ストーブも石油ストーブも、シェルター内での使用は自己責任で。使用の際は換気をしっかり行い、一酸化炭素中毒のほか、火事や火傷などに気をつけよう。
吹雪にビクともしない骨太のシェルターの中にセットしたのは、どっしりした安定感をもつ薪ストーブ。リビング全体を温める暖炉になるとともに、ここでは晩餐を作るキッチンに。
乾いた薪から放たれる豪火は、あっという間にストーブを真っ赤に焼きあげる。その火力にふさわしい調理器具といえば、ダッチオーブンをおいて他にはあるまい。
【長野県長和村】冬季晴天率80%! 蓼科に近い好立地
スキー&スノーボード、スノートレッキング、そして雪中キャンプの3つに対応できる好適地のひとつが長野県の長和町だ。
長野県にありながら、このあたりは冬でも高い晴天率を誇り、周辺にはパウダースノーが自慢のゲレンデが多い。また蓼科高原や車山高原にも近く、スノーシューに適したフィールドにも恵まれている。
なお長和町にはミヤシタヒルズ・オートキャンプ場のほかにも、赤倉の森オートキャンプ場があるが、現在の営業期間はゴールデンウィークから11月末となっており、ウインターキャンプはできない。
<車中泊事情&スポット>ミヤシタヒルズオートキャンプ場
霧ケ峰に近く、車山周辺でスノートレッキングが楽しめる。場内にはウッディなコテージもあり、そこで団欒を楽しむことも可能だ。通年営業。
その3 「旬」を食す!
「自炊」というオプションが使える車中泊の強みは、旬のうまさを「料理」と「素材」のふた通りで味わえることだ。自分ではマネのできない手の込んだものは外食、逆に生モノや鍋料理は自炊と使い分ければ、旅はいっそう面白くなる。
自炊はキャンピングカーでなくてもできる。刺し身に調理はいらないし、スーパーで炊いた白飯を買って温め、すし酢と混ぜれば手巻き寿司や海鮮丼になる。また鍋がしたい時は、オートキャンプ場を利用すればいい。
【丹後と但馬】松葉ガニの本場は、晩秋から初冬がおすすめ
丹後・但馬の松葉ガニ漁が11月6日に解禁。今や高級食材となった松葉ガニは、「お正月のご馳走」というイメージが強い。が、本当は海が荒れる本格的な冬の前に旬を迎える。
冷凍ではない生のカニを現地で食べるなら、毎日漁に出られる解禁から12月中旬までがベスト。その頃なら、まだ昼は暖かく、観光にも適しており、積雪や道が凍結する心配もない。
【下関】おすすめは週末の「唐戸市場」
下関市は、日本海に面する角島を含む広大なエリアだが、旅行者にとっての「下関」は、壇ノ浦、巌流島、馬関と、日本史上に名を残す戦いの舞台となった関門海峡とその界隈だろう。
食においてもそれは同じだ。関門橋を見渡すウォーターフロントには、水族館の海響館とともに、レストランや土産物店が並ぶカモンワーフと、鮮魚だけでなく地域の食材を取り揃えた総合食料品センター「唐戸市場」がある。
唐戸市場の「活きいき馬関街」では各店が趣向を凝らして、握り寿司と海鮮丼を競い合う。
<車中泊事情&スポット>ナイスビューパーク
彦島老の山公園のふもとにある海に面した公園で、風車塔「ひこしま風丸くん」が目印。無料駐車場にはトイレと東屋がある。
その4 温泉館でほっこりする!
大海原が手の届くところに迫る南紀白浜の崎の湯、あるいは透明度の高い川の底から、コンコンとお湯が湧き出す奥飛騨温泉郷の新穂高の湯……。
それらを思うと、温泉の醍醐味は露天風呂にあるといっても過言ではない。だが、高齢者にとってヒートショックが気になる真冬の温泉旅では、雪見の露天風呂より、由緒ある「温泉館」がおすすめだ。
【道後温泉】「いで湯と城と文学の町」松山の象徴
道後温泉は日本書紀にも登場するわが国最古級の温泉で、白浜、有馬と並ぶ日本三古湯と呼ばれている。伝承によれば、ひときわ古い3000年もの歴史をもつとされ、神話はもちろん史実からも、その認識に間違いはなさそうだ。
現在の道後温泉は約30の宿泊施設と、ふたつの外湯をもつ温泉地だが、俗に道後温泉と呼ばれているのは、「道後温泉本館」のようである。
420円で入れる道後温泉本館の大浴場。男湯のみ東西ふたつの浴室がある。
【上諏訪温泉】国指定の重要文化財、片倉館の「千人風呂」
諏訪湖には、江戸時代から中山道の宿場町として旅人の疲れを癒してきた下諏訪温泉と、明治から昭和初期にかけて開けた上諏訪温泉がある。マスコミでよく紹介されるのは下諏訪温泉だが、ここでは、岡谷の製糸業者「片倉組」が、創業50周年を記念して建てた、上諏訪温泉のレトロな温泉館を紹介しよう。自然の中の温泉とはまったく異質の「贅沢感」がそこにはある。
「千人風呂」にある大理石造りの浴槽は、実際に100人が一度に入浴できるほどの広さをもち、深さ1.1mの底には玉砂利が敷き詰められている。
その5 越年の旅に出る!
年末年始の休暇を使う長旅は、道路渋滞を回避できる術をもつ車中泊の「独壇場」だ。とりわけ、フェリー航路が充実している九州には、避寒を兼ねて多くの旅人がやってくる。大阪や神戸を夜に出て、翌朝には九州の港に到着できる点も、大きな魅力のひとつだろう。
【オートキャンプ】年始年末は動かずゆったり
年末年始の旅には、ゴールデンウィークや夏休みとは違う「問題」がある。それは観光施設が休館になることだ。
都会では年中無休が珍しくなくなったが、地方に行けば、今でも日本の古きよき伝統が残されている。施設は、年末の30日から正月2日まで休館になるところが多く、欲張ってあちらこちらに出かけても、成果はあがらない。
ゆえにしっかり食べ物と飲み物を買い込んで、電気も水もふんだんに使える、高規格オートキャンプ場に陣取ることをおすすめする。時にはこういう車中泊もいいものだ。
越年旅のもうひとつの楽しみは、お屠蘇(とそ)とお雑煮
年末にスーパーマーケットに行くと、その地方のお雑煮やおせち料理、お屠蘇といった正月の風習がよくわかる。たっぷりと時間があるので、それらを買って実際に作ってみるのも面白い。
そもそも「お雑煮」というだけあって、具はその地方で採れる食材によって違うのが当たり前だ。日南では、焼いたブリや海老を入れることもあるという。
また一般的に、おせち料理は正月に食べるものだが、昔は太陰暦でいう1日の始まり=大晦日の夜に食べられていたという。その名残が宮崎には残っている。
小さなおせち用の容器を持参していけば、現地の材料でプチおせちを旅先でも味わうことができる。
【別府】源泉数、温泉湧出量ともに国内No.1を誇る、温泉旅の「聖地」
古今東西を問わず、一度別府を訪ねて以来、その魅力に取り憑かれてしまったという温泉ファンの数は計りしれない。
おそらく、その一番の理由は「飽きない」ことにあるはずだ。地元で「別府八湯」と呼ばれるとおり、別府温泉郷は8つの温泉地の総称である。ただしそれらは、車なら約30分で周回できる狭いエリアに集中しており、日帰りで利用できる温泉施設の数は、ゆうに100軒を超える。
しかも価格、泉質、入湯方法、ロケーションなどにおける様々な個性が入り混じって存在するため、一度や二度の訪問では、とてもすべてを知ることはできない。
九州に来たなら、まずはここで数日泊まり、毎回ワクワクしながら1年間の垢を落としたいものだ。
竹瓦(たけがわら)温泉はレトロ感漂う、別府温泉のシンボル。入浴料は300円でお湯は熱め。
関サバ・関アジが安く食べられる「海鮮いづつ」。場所は竹瓦温泉に近い楠銀天街(アーケード)の入り口付近。
【由布院】名宿の庭園風呂を満喫
由布院最大の魅力は、名宿の温泉に手頃な料金で日帰り入湯できる点だ。由布岳を望むゆったりとした敷地に、贅と趣向を凝らして広がる庭園風呂があり、別府とはまた違う風情がある。
ただし利用は昼間の数時間に限定される。また宿の都合で入湯できない日もある。
<車中泊事情&スポット>志高湖キャンプ場
別府と由布院の両方に近く、数日間、腰を据えて滞在できる人におすすめのフリーサイト。施設はよく手入れされており、料金は大人1名660円と格安だ。
写真・文:稲垣朝則
出典:冬に車中泊を楽しむ本(2016年発行)