【概要】旅する文筆家・堀田貴之によるエッセイ。「役に立たないDIY」をテーマにキャンプや車中泊などで使う、ものづくりについてつづる。その2は「キャンプサイトでも使いたいコーヒードリッパー」。

「違いのわからない男」のコーヒーブルース

マックスウェルハウスのコーヒーは「最後のひとしずくまでおいしい」。と、うたったのはミシシッピ・ジョン・ハートだ。

僕が好きなのは、マックスウェルハウスのコーヒー
あれは、最後のひとしずくまでおいしいんだ
彼女がコーヒーを淹れてくれると、愛がスプーンから溢れ出るのさ
でも、彼女はスーツケースを手に、出ていってしまった

古い古い歌。

で、それを聴いた高田渡は、「三条へいかなくっちゃ。三条境町のイノダっていう珈琲屋へね」と、自分の声とメロディでうたったのだ。それは、1970年代はじめだった。

このふたつの歌をティーンエイジのときに聴いた僕は(もちろんアナログレコードで)、「コーヒーを好きにならなければ、一丁前の男になれない」という強迫観念に迫られた。

テレビでは、「違いのわかる男の『ネスカフェ・ゴールドブレンド』」なるCMが流れていた。

当時、反抗的な高校生活を送ってい僕は、授業をサボっては大阪・上本町MJB(喫茶店)の椅子深くに座り込み、コーヒーを飲んでいた。

しかし、悲しいかな。「違いのわからない男」は、MJBでも、イノダヘいっても、ゴールドブレンドを飲んでも、「どれもうまいな」という感想しかもてなかったのだ。

ときが流れて、あれから40年。
いや、50年だ!
(「time is a jet plane, it moves too fast」だな。ほんと)

いまでは毎日、コーヒーをハンドドリップで淹れ、朝食後に楽しんでいる。

お気に入りのお店(相模原市の東橋本にある「自家焙煎珈琲豆店マイスター」)で、深煎りの豆を買ってきて。「こりこり」と、手動で豆を挽き(ザッセンハウスのミルで)。「ぽたぽた」と、コーノ式で蒸らしながらゆったり淹れる。

ときには、フレンチプレスで砂時計が落ちる時間を楽しむ。
「最後のひとしずくまでおいしい」という味を、自分で淹れられるようになることを夢見て。

と、「お前は暇でいいよな。忙しいこの時代にそんな時間はない」という声も聞こえてくる。

世の中には、全自動で淹れてくれる便利なコーヒーマシンもある。マシンの方が、ムラなく無駄なく、おいしいコーヒーを淹れてくれるだろう。

でも、その便利さはほんとうに幸せな方向を、向いてるのかな?

効率主義の世界は、人間を変えてしまった。文明の進化とともに、効率が優先される時代になったんだ。

そしていま、AIの進化は効率主義にさらなる拍車をかけるだろう。素早く乗り込めた人と、乗り遅れた人間とには、大きな格差が生まれてしまう。

貧富の差が、ますます広がっていく世の中になっていくかもな。

効率主義の時代、僕たちはいろんなことを失っていく。
ゆっくりでいいんだよ。人間本来のリズム、身分相応の歩み。
ゆっくり歩けば、遠くまで行けるのさ。

ハンドドリップで時間をかけ豆を蒸らしていると、そんな思いに耽ることもある。

こんな世界だからこそ、非効率な日々を求めて生きていきたい、と僕は無駄な抵抗を続けているのだ。

「違いのわからない男」は、社会の変化にもついていけず、今日も時間をかけてコーヒーを淹れているのだった。

 *  *  *

近所のホームセンターで内径5cmの木の輪っかを見つけた。そこで、「ドリップ器具を作ってみるか」と思い立ったのだった。「違いのわからない男」は、歳を重ねても、味より道具で勝負してしまうんだよな。やれやれ。

まずは、「ヒッチハイカーズドリーム」と名づけた自作コースターふたつ。左は厚さ1cmほどのカツラ。右は厚さ5mmのジンダイタモ。

塗装は、えごま油を使うことに。しっとりとしたやさしさの色あいになった。

こうして毎朝、コーノ式を模した陶器のドリッパーをセットして、深煎りコーヒーを楽しんでいる。

 

執筆者プロフィール

堀田貴之(ほったたかゆき)

1956年大阪生まれ。若きある日(ティーンエイジのころ)、『自由』という甘い香りの言葉を知った。あれから50年近く。旅の途上に、ようやく『自由』を実感する日々があらわれはじめた。もうしばし、転がりつづけようかな。本職は、しがない文筆家。

著書に、「バックパッキングのすすめ」(地球丸)、北海道一周シーカヤック旅後悔日誌「海を歩く」(山と渓谷社刊)、やれやれまたやってしまったわいの愚かな旅エッセイ「タルサタイムで歩きたい」(東京書籍)、テレマークスキー旅紀行「テレマークスキー漫遊奇譚~転がる石のように」(スキージャーナル社)、「ホットサンド 54のレシピと物語」(実業之日本社)、 「一人を楽しむ ソロキャンプのすすめ」(技術評論社)などがある。

写真、文:堀田貴之