【概要】アドビがリリースしたマンガ向けフォント「貂明朝(てんみんちょう)アンチック」の紹介。アドビの生成AIについても。

『今夜は車内でおやすみなさい。』など、カーネル読者のみなさんもマンガをお読みになると思う。

クルマ好きなら『イニシャルD』や『湾岸ミッドナイト』を愛読したという方も多いのではないだろうか?

じつは、このマンガのセリフに使われている文字には、普通の文章とは違う特別なルールというか、習慣があるのをご存じだろうか?

それは「漢字はゴシック、かなは明朝」を使うということだ。

筆者は、カーネルの大橋編集長と同様に、30年間雑誌業界にいる。雑誌業界では、本文、キャプションなど部分によって明朝を使うか、ゴシックを使うか決まっている。

車中泊雑誌『カーネル』の本文。

たとえば、カーネル誌面の本文フォントはゴシック系のフォントだ。ゴシック系というのは、線の太さが均一で、小さい字にしても読みやすい、理路整然とした印象を与えるフォント。

明朝系というのは、筆の運びにルーツをもつ、線の太さの強弱が大きなフォント。どちらかといえば、情緒的、感情的な文面を作るのに適している。

しかし、なぜか大手出版社のマンガに限っては「漢字はゴシック、かなは明朝」が基本なのだ。みなさん、お気づきだったろうか?

一説によると、戦後の混乱期、マンガが普及をし始めたときに、劣悪な紙に刷られることが多かったので(いまでもマンガ雑誌の紙はほかの雑誌や書籍より粗い)、そんななかでも読みやすいように工夫されていたとのことだが、子細は不明。

集英社、小学館、講談社、秋田書店など、それぞれの出版社によって、使用するフォントや運用ルールなど詳細は違うようだが、マンガ家ではなく、編集部が写植を貼るというのも、大手出版社ならでは。

アドビの「Adobe Typeプリンシパルデザイナー」西塚涼子さん。フォント愛がすごくて、いつもハイテンションで面白い。

そんななか、アドビが「貂明朝(てんみんちょう)アンチック」という、マンガに便利な「漢字はゴシック、かなは明朝」のフォントをリリースした。

ご覧のように、漢字はゴシックで、かなは明朝で表現される。マンガという独自文化のなかで、フォントの利用が進化したのが興味深い。

これにより今後は、二次創作やウェブマンガなどの、アマチュアのマンガでも、大手出版社のマンガと同じように「漢字はゴシック、かなは明朝」を利用できる環境が整った。

フリーフォントとは違って6つのウェイトが用意されるので、強いセリフに太い文字、気弱な独白の細い文字……など、使い分けられる。

従来もフリーフォントなどには同様のフォントが存在したが、6種類ものウェイト(太さ)も用意され、特殊記号などへの対応も充実しているので、今後「貂明朝アンチック」の普及は進むことだろう。マンガを読む際には、ぜひこのあたりにもご注目を。

そのほか、アドビは生成AIにも力を入れている。画像生成はもちろんのこと、ベクターデータ(ロゴなどIllustratorで作るようなデータ)や、動画にも生成AIを適用可能になってきた。

アドビは学習データの著作権にも配慮し、影響を及ぼしている学習データのルーツをたどったりもできるように作られている。プロの使うツールならではの配慮だ。

もちろん、読者としては「そういうことも可能になっている」というのは知っておきたい。

細い部分もマンガ専用にチューニング

ほかのフォントでは、ブツブツ切れた表記になりがちな音引きもつながって用意される。一般的なフォントだと「~~~~~~~~」こうなる。

しかも、音引きの先頭と末尾で、違う形状を作ったりすることができる。こういう細部にこだわれるところが、アドビのすごさだと思う。

マンガで頻繁に使われるのが、感嘆符や疑問符。複数の感嘆符や疑問符をひと文字のスペースに入れるのは、じつはほかのフォントでは難しい。

マンガの叫び声などで使われることの多い半濁点や濁点を、通常使わない文字で使う例。貂明朝アンチックはこういう運用にも対応。

Adobe MAXで生成AI活用機能大量投入

アドビは他社とは違うアプローチではあるが、生成AIにも積極的だ。アドビの場合、単に生成AIで絵を描くのではなく、「仕事に使える」ことが重視されている。

絵柄を生成するFirefly Image Model、ベクターのFirefly Vector Model、デザインを作れるFirefly Design Modelを展開。

LINEヤフーとも協業。LINEスタンプを作ろうとしたら、Adobe Expressが起動され、誰でも簡単にデザインが作れるようになるという。

Project Stardust。写真の中で、舞妓さんの位置を動かせる。舞妓さんがいた場所の背景は、驚いたことに自動的に生成されている。

同じようなことを動画でも実現できるようになるというSneak Preview。風景のなかの電柱を、動画でも消して、自然な背景を生成できる。

Adobe Premiere Proという動画編集ソフトでは、「えー」「あー」というフィラーワードや無音のすき間を一括削除できるようになる。

執筆者プロフィール

村上タクタ
Webメディア『ThunderVolt』編集長。デジタル機器、特にiPhoneなどのスマホやタブレット、Macに詳しく、アップルがUSの新製品発表会に招待する数少ない日本人メディアのひとり。『カーネル』編集長・オオハシの元同僚だったりする。

文、写真:村上タクタ 
初出:カーネル2024年1月号vol.64